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| 日本経済新聞社イメージキャラクターの陽月華さんが観た「空と宇宙展」の会場リポート。本展監修者の国立科学博物館・鈴木一義氏が陽月さんを会場を案内しながらの展示物の紹介をしています。 |
陽月:本日はどうぞよろしくお願いいたします。
鈴木:こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。
いまからちょうど100年前の12月、日本で初めて飛行機が代々木公園の上空を飛んだのですが、これを記念して、日本の航空・宇宙の技術開発の功績を展示する展覧会を今回は行っています。冒頭の展示部分では、日本の飛行機研究の黎明期の時代の模型や写真、記録などを展示しています。
当時はまだ、飛行機以前の時代で、気球の実用と研究を陸軍で行っていたのですが、二宮忠八さんは、カラスが空を飛ぶ原理などから「これからは飛行機の時代だ」と確信し、独自に研究や模型を作っておりました。でもそれはあまりにも先進的なことで陸軍にも公式の研究として認めてもらえなかったようです。ようやく研究を終えて飛行機の制作にとりかかろうとしたときに、あの有名な「ライト兄弟の初飛行」のニュースが飛び込んできて、とても悔しい思いをされたようです。
陽月:それは残念です。さぞかし悔しかったでしょうね。人間って、同じ時期に同じようなことを考えるものなのですか?
鈴木:そうなんです。ある程度技術が進んでくると人間は、各地で同じような発想をもつようです。どんな技術でも最初の一歩までは相当な苦労や失敗の連続がつきものです。それを最初に実現をした方だけが注目をされますが、いろんなところで、同じような研究が同時に起こっていることが多いのです。その積み重ねのすべてが技術革新につながっているということですね。

このライト兄弟の初飛行をきっかけに、日本でも本格的に飛行機の研究に入り、ここに展示の徳川さん、日野さんが、外国に派遣され飛行訓練を受けて、飛行機を購入し持ち帰り、代々木の初飛行につながるのです。このプロペラは、日野さんが日本で初飛行したときの実物のプロペラです。
陽月:え、実物ですか。すごいですね。100年前の?

鈴木:それから、ここにあるものは、徳川さんの当時の飛行機の実物のライセンスです。
陽月:わーすごい。これが当時の免許?
鈴木:当時は、乗る飛行機ごとにライセンスがあったんです。まだ作り始めたばかりで、飛行機によって、みんな操縦方法がちがう。ですから、これはフランスのファルマン学校のファルマン機専用のパイロットライセンスで、ほかの飛行機は操縦できない。
陽月:そうなんですか。ちょっと想像がつかないですが、大変なことだったのですね。
鈴木:当時、空を飛ぶということは、今でいえばロケットで宇宙へ初めていくのと同じようなことですから。よほど、きちんと訓練をして、そして未知なる世界へいくという感じです。
これが100年前の初飛行の時代の様子で、ここから会場奥へ進んでいくと、飛行機開発の歴史と、100年後の今、小惑星探査機「はやぶさ」の実物大モデルや、宇宙ヨットの「イカロス」など、現在の技術の粋を一堂に展示しています。
陽月:ここにくると、この100年の歴史が手に取るようにわかるのですね。すごい。

鈴木:このあたりは航空研究所という飛行機の大学が、当時の周回航続距離の世界記録をつくったときの記録の様子などです。いろいろな当時の飛行機の模型もたくさんここに展示してあります。あちらは、国産初の旅客機になったYS-11の模型や実物の構成材などの記録です。

陽月:あの大きな吊り下がっている飛行機はなんですか?
鈴木:日本は終戦後に飛行機の開発をしてはいけない時期がありました。あれは昭和27年に終戦後に日本が再び飛行機の開発を許可されてから、はじめて飛んだグライダーです。
陽月:あれはレプリカですか?・・・ え、実物?ですか。
鈴木:そうです。実物です。
そして、こちらがMRJといって、三菱航空機さんがいま製造をはじめている国産初のジェット旅客機です。2014年に就航をする予定の未来の飛行機です。
陽月:わ、かっこいい。もうすぐ乗れるんですね。
鈴木:そうなんです。飛行機は見た目や格好が大事で、かっこいい飛行機は性能もよく、よく飛ぶんですね。これは90人乗りくらいの比較的短い距離をすごく省エネで飛べる飛行機として注目されています。
鈴木:ここからが宇宙開発の歴史です。この小さな鉛筆のようなロケット。これが日本のロケットの開発の最初です。糸川さんが「これからは宇宙開発だ」とアメリカ留学中に認識され、日本で予算の厳しい中研究に着手して、1955年に火薬をつめて横に飛ばしたのが最初です。その後15年、ここに日本発の人工衛星「おおすみ」(1970年)があります。日本は世界で4番目に人工衛星を飛ばした国になります。
陽月:この小さなロケットから、わずか15年ほどで、ここまでできたんですね。
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鈴木:そしてこれが、話題の「はやぶさ」の実物大モデルです。この「はやぶさ」自体は、地球に帰還するときに、燃え尽きてしまったものなのですが。
陽月:えー、とても切ないですね。
鈴木:小惑星から物質をサンプル採取する計画は、いまから25年ほども前から計画をされているものだったんです。すごい長い歴史です。「はやぶさ」は4年間の航行を計画していましたが、実際は7年かかりました。その「はやぶさ」をつくるまでに、日本は宇宙開発は予算が限られていますから、ここにあるような部品類は、ほとんどが手づくりでつくられているんですね。市販の汎用品などを改造したりしながら、実験を繰り返し。だから、「はやぶさ」がトラブルになったときも、研究者がすべて手作りでつくってきたわけですから、どこがおかしいかや、どんな対応をすればいいか、それがすぐにわかるんですね。これこそが日本の強みです。しかも研究者間でのチームワークもバラバラに研究するのではなくうまく連携できていて、すばらしい。このことがあの奇跡の「はやぶさ」帰還の原動力なのですね。
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陽月:長い研究期間と努力と工夫の繰り返しの成果なんですね。

鈴木:ここに「はやぶさ」のイオンエンジンの運用日誌の実物があります。2005年12月8日、はやぶさが行方不明になると書いてあります。
陽月:ほんとだ!「行方不明」って書いてある。・・よくぞ、帰ってきましたね。
鈴木:これを見ると、涙をながす人もとても多いんですよ。
そして、これは小惑星イトカワに降り立つはずだった小さなロボットの「ミネルバ」です。「はやぶさ」の姿勢の都合で放出したときにうまく投下できずに、いまもこのロボットはイトカワ近辺の人工惑星になってしまったものです。それからこれが、サンプラーホーンといってイトカワに着地をするときに、弾丸のようなものを打って地表の砂を巻き上げて、カプセルの中に物質を採取する道具です。研究者たちは、イトカワの表面がどの様な状態なのか事前には全くわからないわけです。ですから、そこの地表がどんな特性なのか、ここに並んでいるような色々な砂や礫や岩盤などを地球上で可能な限り事前にテストをして、いろんなケースを想定して準備をしていった記録などがここにあります。
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陽月:いろんな準備を重ねて、満を持してこのプロジェクトに臨んだのですね。研究者がそれぞれに得意分野を持ち寄ってみんなで。
鈴木:そうですね。この写真は6月13日に地球に帰還したカプセルがオーストラリアの砂漠で、無事に回収されたときの写真です。となりは、帰還の時に「はやぶさ」が燃え尽きていく様子です。砂漠の回収のときの映像とともに放映しています。
陽月:とてもわかりやすくこのあたりは展示されていますね。「はやぶさ」一つをとっても、こんなにいろんな要素や実験が構成されていたなんて。

鈴木:最後にここが宇宙ヨット「イカロス」の14mもの巨大膜です。4分の1のものがここに吊ってあります。
陽月:これで4分の1ですか?
鈴木:実際にこれを4枚つなげたものが、いま金星付近を実際に航行しています。
宇宙に出るまでは、地球の重力があるから、ものすごい力でロケットを打ち上げていく必要があります。でもいったん宇宙に出てしまうと、無重力でほとんど力を必要としないで航行できる。
日本はこの宇宙での推進力や航行技術において、イオンエンジン、プラズマエンジン、そしてこの太陽光のソーラー電力セイルなどで、世界をリードしているんですね。ここにあるものは世界一や世界初のものばかりです。
陽月:すごいことが日本から起こっているんですね。あの膜、チカチカ点滅してますね。あれは?
鈴木:あれは、光のシャッターのようなもので、太陽の光をうける量を調節するものです。それによって、光を多くうける時とそうでない時に、この宇宙ヨットの向きを変えて動くことができるんです。
陽月:えー、すごい(拍手)これだけで動きが変えられるなんて。
鈴木:いま会場をご覧いただいたように、100年前のあのプロペラでの初飛行から、「はやぶさ」のような本当に人類史上にない快挙をやってのけている様子をみてきましたが、ここにある成果のそれぞれは、その前の人が支えてきたさまざまな技術の功績の上にあるのだということを理解することが大切だと思います。「はやぶさ」の記録も、この100年間のいろんな研究から学んだことが非常に多く活用されているということだと思います。

陽月:本当ですね。あのプロペラの最初のころからすると、すごい飛躍ですね。
鈴木:日本のこうした技術力や、技術への自信もこうした研究の上で蓄えられたもので、ぜひ、この記録をそうした視点で、多くの方に、特に家族連れや子供たちに観てもらいたいですね。
陽月:本当ですね。いまこそこうした日本のパワーを、未来を担う子どもたちに。そして、モノを一から作り上げるという、気の遠くなるような作業を、楽しんでつくっている人たちの顔が浮かんできますね。決してそれは、いやいやではなく、自分の興味と探究心で1歩1歩突き詰めていくその姿勢は感動しますね。
鈴木:そうですね。こうした技術を次の100年につなげていくための原動力にして、バトンを次の世代につなげたいですね。
陽月:今日は本当にすばらしい記録を、解説くださってとても楽しい時間をありがとうございました。わたしも知人にもこの感動をぜひ体感すうように勧めてみます。本日はありがとうございました。
日経イメージキャラクター・女優
2000年に宝塚歌劇団入団、星組に配属され娘役として活躍、2007年からは宙組娘役トップに就任、これまでの娘役のイメージを覆す力強い演技で人気を集めた。2009年に「薔薇に降る雨/Amour それは…」を最後に退団。
◆鈴木一義氏 プロフィール
国立科学博物館理工学研究部 科学技術史グループ長 1957年生まれ。1981年東京都立大学卒、1983年同大学院修了、日本NCR(株)入社。1987年より国立科学博物館理工学研究部研究官、日本における科学・技術の発展過程の状況を調査、研究。特に江戸時代から明治初期にかけての科学・技術を実証的な見地で調査・研究している。
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